現代美術のコンポジション
2005年の横浜トリエンナーレに行った。現代美術、頭で考えて理解するものだと思っていたのでバカにしていたのであるが、NHKの日曜美術館で特集していて「どうも思ったものと違う」と出張先であまった時間を利用して行ってみた。
「現代美術、映像だけではわからない。時間・動き・空間・音・手触り。5感で感じるモノなんだもの。だから、絵画や彫刻みたいに、次世代には残らない。今、ここでしか、感じられないモノ。これが芸術?ってのも結構あった。」と当時の日記には書いている。
先日、草間彌生の作品(ピンクボート)を名古屋市美術館で見た。前から見ていて知っていたのだが改めて見直すと確かになにか引っかかる。なんだろうなあと考えていたが、どうも身体に直接作用するからだということに気付いた。
「心理学者ジュディス・ラングロワ(Judith Langlois)は、何百もの人間の顔のスライドを集め、次にそれらがどれだけ魅力的かを大人たちに評価してもらいました。それを次に3ヶ月と6ヶ月の乳児たちに見せました。すると興味深いことに、乳児たちも大人が魅力的だと思う顔をより長く、しかもずっと長く見つめたそうです。さらにそれらは、年齢・性別・人種は問題ないようだということも発見しました。赤ちゃんはとにかく最も魅力的な男性・女性・赤ちゃんをより長く見たそうです。写真に写っている人が黒人であるか、アジア人であるか、白人であるかに関係なくです。また、母親がどれだけ魅力的であるかや、自分がどの人種に属しているかとは無関係にです。」
ふむ。
『青山二郎全文集 [上] 』
(筑摩文庫)の「小林秀雄と三十年」に、小林秀雄が、ゴッホの麦畑に烏の大群が飛んでいる画の前でしばらく動けなかったことが彼の作品のなかに書かれているとの記述がある。
赤ちゃんは、ゴッホの烏には反応するのだろうか。数千万する茶碗と数百円で買える茶碗とを見せたら、どちらに長く眼を留めるだろうか。
赤ちゃんの眼が反応するもの、無意識のイメージを呼び起こさせられるもの、習慣から形式が発見されたもの(青山さんが「伝統と血の濃さが逆に個人の習慣を喰い食い尽くして仕舞う」と言われているもの)、もしくはただ頭で考えられたもの。
脊髄に眼と皮膚がくっついたような状態でもわかる美醜。無意識に訴えるゴッホの絵。伝統と血の濃さに自分の脳みそが喰らわれてしまうような湯呑。そのあたりまでが私にとっての美術で、それ以外は私には必要がない。
押し付けがましいイデオロギーが被せられたモノはいらないし、気持ちが悪い。そういう作品は、作者の心の治療にすらなっていないだろうと思う。意識が不快だ。
時間・動き・空間(囲まれ感?)・音・匂い・触感(もしくはそれを沸き立たせる色・光)。現代美術でのこれらの追求はまだ始まったばかりだと思う。時間?何に時間を感じたのだろう。これらについてはまた確かめなければならない。
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コメント
これ早く知ってたらうちの息子ちんで実験できたなー
しっかし種の保存の本能なんでしょうか?
人間ってすごい
投稿: tomo* | 2007年5月 2日 (水) 03時05分
そうだよね。tomo*ちゃん、いろんな国の友達多いからねえ。でも、あきらかに、彼ら、女の子に対する反応時間の方が長いだろうねえ。母親が母親だけに、種の保存本能が強…
えっ?あ、いや、その、えーっと、おかあさん、美人さんだもんねえ。彼らの審美眼も厳しくなるってことで。。
ええこと言うなあ、俺ってば。
投稿: ひろし | 2007年5月 3日 (木) 16時13分