雑記 頭のよさ
頭の回転が速いこと、頭がよいこと。
それらは別であるということを聞く。それらを経験的に知っているから、皆そういうことを口にするのだけれど。
経験則から出た多くの人の判断というのは当てに出来る。結局はそれが先に来て、科学も哲学もそれらの経験則の後追いだったりする。
もっとも、経験則はいろんな誤謬は含むのだが、経験則を解釈する際に、フレームワークを持っているか否かでなにがしかは違うようだ。哲学なんてそれぞれの哲学者がどう自分独自のフレームワークを作るかってなてもんだし。それが合っているかどうかはともかく。。おいといて。
頭の回転が速いことと頭が良いことの処理システムはどうやら違う。
短期記憶と長期記憶の入力方法と出力方法、それぞれのシステムがあってそれぞれの能力に長けている人がいるのかもしれない。
CPUとメモリとハードディスクがコンピューターの3種の神器なのだが、構造的には同様のシステムを考えることからはじめると、いろんなことが把握しやすくなるかもしれない。
短期記憶をメモリと比較してみる。
メモリの構造としては、キャッシュとバッファーに対応するものがあるだろうか。
機能としては、どうだろうか。そんなふうに構造化していくといろんな相似が見えてくる。
入力バッファは、それぞれの感覚器官で1つずつと考えたほうがよさげ。バッファーに入ってくる情報の処理はエコー処理なんかを含めてひとつの処理クラスターとして考える。
直感的な、勘のようなスピードが要求される処理とある程度の処理時間を必要とする処理、その2系統があるように思える。
反射処理、条件反射処理などたぶんいくつかの処理系統がある。反射処理、条件反射処理は、より脊髄や末端神経に近い下部組織の処理だろう。
頭の回転が速いと思わせるのは、そういうとこよりむしろ直感的に判断しながら、しかも柔軟に状況に対処する処理なので、もうすこし高度な処理が瞬時になされる必要がある。
さてその場合、入力された情報に対しなんらかのアクションをおこすためには、入力情報と長期記憶との照合処理をする必要がある筈である。
入力された情報というのは、バッファー長で処理される。そのバッファーデータの処理方式はどういうものになっているだろう。
また、比較される長期記憶は、圧縮された情報であると考えるほうが自然である。あるいは、なんらかのインデックスがついているとかも考えられる。飛躍して考えれば、扁桃体と海馬の関係から、そのインデックスは嫌悪だったり好意だったりの感情が付加されていたほうが体は反応しやすい。抽象的なデータは、すぐには処理しにくいものである。そのインデックスはなにかイメージのようなものなのかもしれない。体の感覚と頭をつなぐようなモノとしては、そう考えるほうが自然である。
一方、頭の良さはどうだろう。
頭が良い人の定義としては、以下のようなものがあると前に書いた。すなわち、
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